
「高いレインウェアを買ったのに、ウエアを脱ぐと汗でビショビショ」
「雨は防げているはずなのに、座るとお尻が冷たく感じる」
もしあなたがそう感じたことがあるなら、それは気のせいではありません。そして、選んだウェアのスペックが不足していたわけでもありません。
それは、「透湿性(蒸れを逃がす機能)」と「防水性(雨を通さない機能)」という、本来相反する機能を両立させようとする中で生まれた、「レインウエア素材の物理的な限界」に直面している証拠です。
2030年に創業100周年を迎えるレインウェアメーカー、株式会社トキワ。私たちは長年、現場のプロフェッショナルな方々と共に雨と向き合ってきました。今、私たちが改めて問いかけたいのは、「レインウエアの本来の目的とは何か?」という原点です。
多くのユーザーが信奉する「透湿性神話」。
その裏側で、実は「防水性」というレインウエアにとって最も大切な機能が犠牲になっているとしたら?
今回は、私たちがたどり着いた「レインウエアの正義」について、少し専門的な視点も交えながらお話しします。
「透湿性神話」への疑問

「透湿性=蒸れない」という大きな誤解
レインウェアを選ぶ際、多くの人が「耐水圧」に加えて確認するのが「透湿性」の数値です。「透湿度 10,000g/m²/24h」といった表記を見ると、「これなら蒸れないはずだ」と安心してしまうかもしれません。
一般的に、透湿性の高いレインウエアには以下の2つのメリットがあると感じられているのではないでしょうか。
- ムレの軽減(汗を外に逃がす)
- 着心地の良さ(ビニール素材のようなゴワつきがなく、軽くてしなやか)
しかし、「① ムレの軽減」については、大きな落とし穴があります。
透湿性とは、あくまで「一定条件下で24時間にどれだけの水蒸気を逃がせるか」を示した理論値に過ぎません。実際の着用シーン、特に日本の高温多湿な夏場や活動時においては、数値通りの性能を発揮することは困難なのです。
運動時の発汗量は、透湿性能を遥かに超える
人間が軽い運動をしただけでも、1時間で約500g〜1,000gの汗をかくと言われています。 一方、一般的な高機能透湿素材(透湿10,000g/m²/24h)が1時間あたりに排出できる水蒸気の量は、計算上およそ400g程度です。
つまり、「排出できる量 < 出てくる汗の量」 という図式が、最初から成り立ってしまっています。どれだけ高価な透湿素材を着ていても、身体を動かせば排出能力の限界を超え、ウェアの内部は飽和状態(=蒸れ)になります。「高いレインウエアを選んでもムレが解消できない」という声は、この圧倒的な量の差によって起きているのです。
通気口に「蓋」がされる
さらに、雨の日特有の物理的な問題があります。
透湿性素材が水蒸気を外に逃がすためには、生地の表面にある無数の小さな穴が空気に触れて乾燥している必要があります。しかし、激しい雨に打たれ続けたり、表面の撥水(はっすい)性能が低下して生地の表面が「ベタッ」と水の膜で覆われてしまったらどうなるでしょうか?表面の水膜が「蓋」の役割を果たしてしまい、内部の水蒸気は行き場を失います。
これは感覚的な話ではありません。物理学的に、水蒸気が「液体の水」の中を移動する速度は、「空気」の中を移動する速度に比べて、約1万分の1まで低下すると言われています。
つまり、表面が水で覆われた瞬間、どんなにハイスペックな数値を持つ素材であっても、出口は物理的に「蓋」で塞がれたような状態になり、機能はほぼ停止してしまうのです。
さらに、表面の水膜は外気の冷たさをダイレクトに伝えます(水の熱伝導率は空気の20倍以上)。これによりウェア内部が冷やされ、行き場を失った水蒸気が内側で「結露」し、水滴に戻ります。「水漏れ?」と感じるその濡れは、実は外からの雨ではなく、冷やされて液体に戻った自分自身の汗であることも多いのです。
なぜ「座る」と濡れるのか?「穴」があるゆえの弱点

防水性を犠牲にしてまで、透湿性を求める価値はあるのか?
私たちが「透湿性」に対して慎重な姿勢をとる最大の理由。それは、「透湿性を求めると、どうしても防水性が犠牲になりやすい」という構造的なジレンマがあるからです。
物理的に「透湿性と防水性は反比例関係」にあります。
一般的な透湿素材の多くは、ウレタン等をコーティング加工し、目に見えない無数の穴(多孔質)があることで「蒸気は通すが水は通さない」という状態を作っています。

しかし、この仕組みは「表面が水を弾いている(撥水している)」ことが前提です。
もし表面の撥水が弱まり、生地が濡れてしまうと、本来水を防ぐはずの「穴」が、逆に水を吸い込む入り口に変わってしまいます。この状態で、濡れた場所に座るなどの圧力がかかると、水は容易に穴を通過してしまいます。
これは、裏を返せば「圧力に対して脆弱になる」というリスクを抱え込むことになります。
私たちトキワのモノづくりの軸足は、あくまで「レインウエアは雨を防ぐウエアである」という原則にあります。この原則を差し置いて、不確実な(=蒸れるときは蒸れる)透湿性能を追い求めることに、果たしてどれだけの価値があるのでしょうか。
物理的な数値で見る「圧力漏れ」のリスク
一般的なレインウェアの耐水圧は10,000mm〜20,000mm程度ですが、これはあくまで静止状態での数値です。
実際の人間の動作によってかかる圧力は、無数の穴が開いた素材にとっては過酷なものです。
- 濡れた場所に座る(体重75kg):約2,000mm
- 濡れた地面に膝をつく:約11,000mm
特にバイクのシートに座った状態や、作業中に膝をついた瞬間など、局所的に強い圧力がかかる場面では、物理的な「穴」がある以上、そこから水分が押し込まれてしまうリスク(浸水)があります。「お尻が冷たい」と感じる現象の多くは、汗による蒸れではなく、圧力によって外部から水が入り込んだ可能性があります。
前編のまとめ:数値競争の限界
「透湿性」を追い求めることは、ある意味で「矛盾との戦い」でした。
カタログに載っている「透湿度」の数値は、あくまで実験室の整った環境(外側が乾燥している状態)で測られたものです。しかし、現実の雨の中では、整った実験室の現場と違い、外側は湿度100%の雨に晒されます。
蒸気を逃がすための通気口としての穴があれば、圧力による浸水のリスクが上がる。
防水を完璧にすれば、蒸れやすくなる。
そして、どんなに数値を上げても、物理的な「蓋(水膜)」ができれば機能は止まり、日本の気候と人間の発汗量には勝てない。
このジレンマに対し、トキワが出した回答は、「レインウエアの役割(=防水)を犠牲にしない」という、原点回帰の哲学でした。

一方、透湿性レインウエアにも多くのファンがいらっしゃいます。その透湿性レインウエアのファンが透湿性を支持する理由について解読すると、透湿性レインウエアが支持されてきたのにはもう一つの理由がありました。それが、「 着心地の良さ(軽さ・しなやかさ)」でした。
後編では、「完全防水を追求」しながら、「着心地は快適(軽くて柔らかい)」を実現するためのトキワの挑戦、「Rain Navigator」の秘密に迫ります。



