業界と雨乞い

レインウェアを取り扱う業者の中でも専門業者として、企画・生産・販売と一貫して行い、それなりに長い歴史のある会社は、現在ではとても少なくなってしまいました。しかし東京はもちろん日本全国にも私たちの同業者は存在し、その団体もあります。

全国では、「日本雨衣協会」が最初の団体で、残された資料では1964年の時点で全国81社が加盟し、1974年に発展的解散をしました。そこで新たに誕生したのが現在も続いている「日本雨衣連合会」(以下日雨)です。製品の国内生産やゴム引布が全盛期だった発足当時、「工業部会・第一分科会」にアキレス、オカモト、東洋ゴム工業など一次製品のゴム引原反メーカーが7社、同じく「第二分科会」に二次製品の縫製メーカーが5社、そして「商業部会」には製品を販売する会社が14社、全国26社が加盟して発足されました。その顔ぶれを見ますと、加盟社数を募ったというよりも、それなりの歴史と規模の会社に前身の「日本雨衣協会」から整理された感があり、この会の発起人の一人として名を連ねた弊社2代目社長が初代の副会長に就任しました。しかし現在でも存在するこの日雨は、あくまでも親睦団体です。

日本雨衣連合会創立40周年記念

一方東京には、「東京雨衣協同組合」(以下、東雨)という公の団体が以前ありました。親睦もさることながら加盟会社がより有利に商品を仕入れることが出来るように、「共同購入事業」等が行われ、日雨、東雨、共にその事務局は弊社トキワの本社ビル内に所在していました。1978年には26社が東雨に加盟、1981年からは弊社2代目社長(前出)が理事長を務めました。又、その東雨の傘下に「しずく会」という各社の後継ぎ候補、二世たちで構成された若手の会があり、15社が加盟、この会の会合は月に一度、幹事は持ち回りで各種事業を開催し、現在の弊社3代目社長が2人目の会長として会の運営を担っていました。東雨としずく会、双方のメイン行事は「大山阿夫利神社」の合同参拝で、これは神奈川県伊勢原市に大山阿夫利神社という「水の神様」を祀る神社があり、雨の多い大山は別名「雨降り山(あめふりやま)」ともいわれ海抜1252m、その中腹(678m)にある下社まで登り、その本殿で祝詞を上げていただき下山します。

大山阿夫利神社 下社

下社への往復は、急な「男坂」、緩やかな「女坂」、更にケーブルカ-もあり、各々が体力に合わせて選択します。雨を待ち望む業界なので、毎年この神社に「今年の梅雨が多雨長雨でありますように」と、雨乞いに毎年4月の第2日曜日に参拝していました。参拝には各社の経営陣はもちろん、その社員やそれぞれの家族までが参加して、多い時には大型バス2台の参加者で開催されたこともありました。 この参拝は東雨が解散された今も、トキワでは会社行事の一環として梅雨入り直前、6月の第1土曜日に行っています。

男坂と女坂 分岐点